石田隼都の父親の成績・経歴・指導方法・名前・顔写真は?めっちゃ怖い人だった!

スポーツ選手

2021年3月19日から4月1日まで開催の第93回選抜高等学校野球大会で東海大相模高校のピッチャーとして大活躍をした石田隼都選手。

そんな石田隼都選手はドラフト1位候補ですが、父親もめっちゃ凄い人らしいです。

今回は、石田隼都の父親の成績・経歴・指導方法・名前・顔写真は?めっちゃ怖い人だった!について紹介します。

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石田隼都が甲子園で活躍!

東海大学付属相模高校のピッチャーである石田隼都選手が甲子園で大活躍をしていました。

詳しくはこちら⇓

準決勝の2桁奪三振完封は61年ぶり5人目の偉業となった。 【表で詳しく】チーム紹介に主な卒業生も、センバツ高校野球32校ガイド  東海大相模の石田隼都投手(3年)が15奪三振で天理を完封。センバツの準決勝で2桁三振を奪ったのは2001年に仙台育英の芳賀崇が宜野座(沖縄)戦に14三振を奪い7―1で完投勝ちして以来、20年ぶり。2桁奪三振での完封は1960年に高松商の松下利夫が北海(北海道)戦で10三振を奪い2―0で勝って以来、61年ぶり5人目となった。

引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/706cac0940e8d1ea70cdd45016475b7d83e7fe0d/images/000

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石田隼都のプロフィール!

  • 名前:石田隼都(いしだはやと)
  • 生年月日:2003年4月から2004年3月
  • 出身地:栃木県真岡市
  • 身長:183㎝
  • 体重:73kg
  • スポーツ:野球選手(左投げ【MAX146㎞】・左打ち)
  • 出身小学校:真岡小学校
  • 出身中学校:真岡中学校
  • 所属高校:東海大学付属相模高校

映像】<センバツ注目選手>石田隼都投手(東海大相模)因縁のタテジマ対決に絶対エース「今度は負けない」(センバツLIVE!) - Yahoo!ニュース

引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/04ccad17c4b9d606fabf8ad428f34199f5245bdd

146㎞のストレートを中心にチェンジアップ・スライダー・カーブを早いテンポで使い分ける石田隼都選手。

そんな石田隼都選手は自身の父親が監督を務める小学3年生の時に軟式野球チームの真岡クラブに所属し始めて、中学生時には真岡ボーイズという地元のクラブチームでプレーしていました。

中学3年生の夏にはNOMOジャパンに選出されて、同世代の日本を代表する選手として活躍しています。

東海大学付属相模高校に入学してからは、1年生春から17番としてベンチにはいっていたほど、強かった選手なんです。

そんな石田隼都選手の父親もめっちゃヤバい人だったんです。

石田隼都選手の父親の情報について詳しく紹介します。

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石田隼都の父親の名前・顔写真・成績・経歴は?めっちゃ怖い人だった!

石田隼都選手の父親について簡単にプロフィールをまとめました。

  • 名前:石田篤
  • 生年月日:1974年or1975年生まれ(2021年3月時点で47歳だったことから)
  • 職業:NPB審判(神宮球場など担当)
  • ボランティア:真岡クラブ監督
  • スポーツ:野球(1番バッター・セカンド)
  • 出身高校:愛工大名電高校(主将・イチローと同期)
  • 成績:甲子園出場(2回)

石田篤さんは日本を代表する野球選手だったイチローさんと一緒に2度甲子園でプレーしています。

石田隼都選手の父親の石田篤さんが高校3年生の時の選抜1回戦では右方向に先頭打者ホームランを打っています。

そんな石田篤さんの甲子園でプレーしている時の画像や普通の顔画像を探しましたが、見つけ出すことはできませんでした。

現在は、NPBの審判をやっているということで、今も本当に野球が大好きでその思いを息子である石田隼都に伝えて指導していたと考えます。

そんな石田隼都選手の父親である石田篤さんは現在大活躍の石田隼都選手に指導してきましたが、指導するときに独特な指導方法をするのではないかと思いますよね。

石田隼都選手の父親の指導方法を紹介します。

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石田隼都の父親の指導方法は?

石田隼都選手の父親の石田篤さんは石田隼都選手が小学3年生の時から所属していた軟式野球チームである「真岡クラブ」の監督をしています。

石田篤さんは、石田隼都選手の兄も真岡クラブに所属させていましたが、厳しくさせてしまったことから指導方針をガラリと変えて自由にプレーさせる指導に変換していたようです。

その指導方針の変換もあってか石田隼都選手が小学6年生の時にチームは全国大会に出場して、石田隼都選手は12もの三振を奪うピッチングをしていました。

結果的には12三振を奪った初戦で負けてしまいましたが、そのころから父親である石田篤さんの自慢の息子だったようです。

2021年3月29日に開催された選抜高校野球の準決勝で天理高校に15もの三振を奪い無失点で勝利したときに、父親の石田篤さんは次のようにコメントしています。

「大舞台でいつものプレーができた。大したもの」

このような言葉は日ごろから石田隼都選手に対して話していて、自由にプレーさせながらも褒めることを多くしていたと考えられます。

また、次のようにも話しています。

「息子2人と見ることができて良い思い出になった。大塚くんが帰ってきたら三塁ベースコーチに戻ると思うが、与えられた仕事をしてほしい」

本当に息子思いの父親なんですね。

優しさのある指導がうかがえます。

そんな愛が感じられる指導をしてもらえるからこそ石田隼都選手はもっともっと頑張ろうと思うのではないでしょうか。

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まとめ:石田隼都の父親の成績・経歴・指導方法・名前・顔写真は?めっちゃ怖い人だった!

今回は、石田隼都の父親の成績・経歴・指導方法・名前・顔写真は?めっちゃ怖い人だった!について紹介しました。

親子の二人三脚でこれまで野球に取り組んできていたことが分かりました。

選抜・夏の甲子園共に優勝して二冠を目指してほしいです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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